いやいや、ごちそうさんは楽しい。あまちゃんが恋しいとは思いませぬ。(劉禅)
という気分で朝ドラを楽しんでおりますおはようございます。今日はちょっと朝ドラと能楽の対比について考えてみました。
日本の伝統芸能である「能楽」には様々な演目がありますが、大きく分けて「夢幻能」といわれるものと「現在能」といわれるものに分類することができます。この分類でいいますと
あまちゃん=夢幻能
ごちそうさん=現在能
となるのではないかと思います。
あまちゃんという作品は、朝ドラと現実との境界線を「潮騒のメモリー」などを使ってボヤけさせて、見る人を夢見心地にさせる演出が特徴的でした。潮騒のメモリーはあくまで劇中で使われる架空の歌なのに、現実の世界においてもヒット作品として沢山の人に聞かれました。こうして視聴者をうまく朝ドラの虚構世界に誘ってしまうという、大変野心的な作品だったのです。
ごちそうさんは、いわば「義経と弁慶」もののように、いろんな人がよく知っているお話を題材にして、その活劇を描いていくという、現在能の姿に近いと感じます。ありきたり、お約束、または正統派、そういった道筋の上にある作品です。
ちりとてちんはどうなるのかというと、これは「複式夢幻能」という形態になると思います。複式夢幻能は前半は現実世界の出来事、後半は夢の世界の出来事で構成されており、後半になると、前半の出来事が何かをほのめかしていたというのがお決まりのパターンです。ちりとてちんの得意とする鮮やかな伏線回収は、まさに視聴者に夢か幻でも見たような心地にさせ、現実と落語の世界とがリンクして、「夢だけど、夢じゃなかった」という感動を与えてくれます。ほんとうによく出来た朝ドラです。
とりあえず、駆け落ちしたのが民子ではなく桜子だったので、ほっと胸をなでおろしています。